本来、私は「分かりやすい本」が大好きである。
勝間和代さんのような具体的な文体の方が、頭にすんなり入ってきて、ストレスが無いからだ。
逆に、赤木が時々買ってくるのだが、抽象的だったり、観念的だったりする書籍は、大の苦手。また、その手の書籍は分厚いことも多く、それだけでゲンナリしていた。
そんな私が、である。
こともあろうか、最近「哲学」に興味持っている。
そう、「鉄子」ならぬ、「哲子」なのぉ~ ← アミーゴ造語
哲学は面白いっ。
なーんせ、自分たちが当たり前と思っていたことに、当たり前すぎて考えもしなかったことに、「それって、ほんまなん?」って突っ込みが入れていく、ってのが私のイメージである。
とはいえ、いきなり大本営に突っ込んでいくのは、あまりに恐れ多かった。
まずは入門書からお近づきになってみた。
史上最強の哲学入門 (SUN MAGAZINE MOOK)
これならわかる! 哲学入門


この2冊は、読みやすく、なかなかオススメ。
かつてのベストセラー小説「ソフィーの世界」も読破。

これも、オススメ。
「世界一分かりやすい哲学の授業」と帯に書かれていたが、それでもある程度は素地がないと理解しにくいと思う。
このように、しばらくは、哲学の周りをうろちょろしてみたが・・・
入門書は良くも悪くも、どうしても、その著者のフィルターが入ってしまう。
理解できなくてもいい、自分が直接、哲学者とコンタクト取ってみたいという欲求に贖えず、ついに、本丸へと挑戦した。
天才哲学者ニーチェの著書・翻訳本
ツァラトゥストラはこう言った 上 岩波文庫 青 639-2

これは小説風に書かれたものなので、よちよち歩きの哲子には良いかなぁとチョイス。
今、上巻を読了したところだ。
そして、一言・・・分からないっ。
そびえ立つ山は、やはり私には高すぎた。
「ツァラトゥストラはかく語りき」は、他にも多数の出版社から、翻訳本が出ている。
この岩波文庫版は、出来るだけ分かりやすく伝えることに、翻訳者は腐心したようだ。
平易な言葉を用いているにも関わらず、そのコンテキストというか・・・何が言いたいのかが理解し辛い。ページがなかなか進まない。
ただ、それまでにも入門書でニーチェ予習したので、「恐らく、こういうコトを言ってるのかなぁ~」と、推測出来る箇所はいくつもあった。
それでも、理解度は5~10%くらいのような気がする。
しかし、ここでひるむ訳にはいかない。
ページ数がさらに多い下巻へと、山に向かう心づもりでいる。
無事に下山できた暁のため、ちゃーんと「ツァラトゥストラはかく語りき」の要約本も用意した。ニーチェ 運命を味方にする力

(最近ニーチェは流行ってるのか、本屋で関連本が山積みになっている)
まぁ、要約本を読んでも、現地点の理解力では、ニーチェ思想の全容を上澄みをかするくらいかな。
それでもいい。
今回の読書は、圧縮ファイルのまま、脳へとインストールするようなものだ。
私の顕在意識は「さっぱり分かりません」とお手上げかもしれないが、潜在意識は恐らく違う。
インストールしておけば、いつか自然と、私の思想の中に自然と溶け込んでくるかもしれない。再読すると、より理解が深まるかもしれない。
いつか、ニーチェと対話できる日を楽しみにしておこうっと。

‘読んだ本’ カテゴリーのアーカイブ
ニーチェという高い山に挑む
2010年5月31日 月曜日金運の咲かせ方
2010年5月1日 土曜日

友人のざむ姫が、「金運の咲かせ方」という著書を、めでたく出版した。
数年来の友人であり、妹のような存在でもある彼女の念願がかなって、私も本当に嬉しい。
ざむ姫、何ていうのか「カワイイっ!!」という言葉がぴったりの女性。
それでいて、包み込むように優しく、感性豊かで、時にはスルドイのが彼女の持ち味。
さて、その彼女の著書を早速読んでみた。
ページをめくりながら、自分が持つ「お金」というものに対して、どう捉えていたかを改めて考えてみた。
私は、さほど買い物が好きという訳ではない。
しかし、誰しも経験があると思うが、例えば電化用品なんかは、壊れる時期が重なることが多い。で、いつもの自分以上に財布からお金が飛んでいく訳だが・・・
そりゃ、買った当初は新しい製品へのワクワク感もあり、アドレナリンが若干でる。
が、そんな高揚感はすぐにさめて、どことなく後ろめたさが忍び寄ってくる。
「あぁ・・・使いすぎたかなぁ」
別にカードを使いすぎたっていう訳でないし、罪悪感を感じるのもバカバカしい。
頭では分かるけど、それがにじみ出てしまうんだよね。
この気持ちは、どこから来るのだろうか・・・
ざむ姫の「金運の咲かせ方」では、スパッと指摘してる。
その指摘に、私は大きく頷いた。
私にとっては、母親だろう。
つまり、自分の両親が、お金とどう向き合ったが、自分とお金の関係に影響を及ぼしているということだ。
戦後に子供時代を過ごした私の母親には、ある言葉を日々、念仏のように唱えていた。
「もったいない」
- ごはんを残すとき
- 景品で使わないものを捨てようとするとき
- 外食で高いメニューを注文しようとしたとき
「そうか、無駄遣いは”悪”なのか・・」
気がつけば、そんな思いが自然に身についた。
この「もったいない精神」は、私のDNAに染み込んでいる。
高くてカッコイイ服を買うよりも、手頃な価格で長く着れそうな服が手に入った時の方が嬉しいし、買う予定のものが、家にあるもので間に合うと知ったときに、ブワーンとアドレナリンが放出される。
また、お金持ちを見る目にも、それは現れている。
愛用ジェット機で外国の別荘に行くお金持ちよりも、「毎日、電車で通勤してますよ」と堅実な暮らしを買えないお金持ちにほっとするというか、シンパシーを感じる。
(なので、少し前に流行った BOBOSはいいなぁと思う)
このもったいない志向、決してイヤではない。
むしろ、親からのギフトだなぁと、今では思っている。
こんな私だから、ハメを外した浪費ぶりを発揮する方が難しい。
(以前の中村うさぎさんって、ある意味、すごいと思う。
全く違う人種なので、腹が立つどころか、へぇぇーっと関心することしかり)
たまに使いすぎたときくらい、優しく見守ってあげる余裕があってもイイかもね。
PS ざむ姫さんの出版記念キャンペーンは、売り切れ続出につき
当初の予定から延期して、2010年5月5日まで開催しているそうです。
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