‘映画・テレビ’ カテゴリーのアーカイブ

赦しが世界を変える ~インビクタス

2010年9月6日 月曜日

「Strongly recomend, Akemi!」

我がEnglish teacher、キースから一押しで薦められたこの作品。
以前から気になってたので早く観たかったが、ようやくDVDで観ることが出来た。

インビクタス
invictus

もーーーっ。

映画で、ここまで大泣きしたのは、久しぶり。

魂が震えるとは、こういうことか・・・


それほどまでに、マンデラ氏の高貴な精神に感銘した。

この映画で、マンデラ氏を演じたのは、常にイイ味を出し続ける名優のモーガン・フリーマン。マンデラ氏の滲み出るような誠実で大きな人柄を、実に演じきっていた。

本人の魂が乗り移ったかのごとく!

準主役のマット・デイモンも見事だった。


今回の映画で伝えたかったことは、マット・デイモン扮するピナールのセリフに多々代弁されている。

白人・黒人の壁を超えて、国民一つになる そんな願いが託されたラクビー・ワールドカップ決勝戦直前。

大きな窓から見える景色を見下ろしながら、ピナールはこうつぶやく。

『30年近くも独房に入れられて、どうして人を赦せる心を持てるのか』

これは、私の心に深く突き刺さった。


昔話題になった映画「遠い夜明け」でも描かれていたように、南アフリカ共和国で、黒人は長年、白人の下で虐げられていた。自由を奪われていた。

マンデラ氏自身も投獄され、27年にも渡って、収容所で過ごすハメになった。

気の長くなる年月・・・灰色に囲まれた狭い独房で自由を奪われ続けた末、ようやく釈放され、大統領にまで就任した。

今までの義憤を晴らすことが出来る立場にまで昇りつめたが・・・


それでも、彼は赦しの道を選んだのだ。

過去は過去。
この国にとって、今、何が必要なのか・・・

自我を超えて、自分が課せられた役割を、忠実に果たそうとしていた。


アパルトヘイト終結により、この国は否が応でも変わる。
今まで支配側に立っていた白人は、黒人たちの逆襲に怯えていたようだ。

しかし、それは黒人が解放されたことは同時に、白人が解放されたことも意味する。

隣りに住む人が抑圧されている社会は、抑圧している側(白人)にとっても、本当の意味で良い訳はない。

だから、支配-隷属のスイッチが切り替わっただけでは、誰も救われない。黒人にとっても・・・

マンデラ氏は、祖国が善い場所に変わるように・・・
赦しの心で、白人と黒人が手をとりあい、この国を一つにしたいと願ったのだ。


マンデラ氏の大きな赦しは、少しずつ周りに広がっていった。

まず、ピナール(マット・デイモン)を変えた。
マンデラ氏への感銘と共に、自分たちは今や、ラクビー選手以上の存在であると悟った。

そして、彼が率いるラクビーチームをも変えた。

invictus_2
今、このチームがワールドカップで優勝することは、「天命だ!」とピナールが叫んだ。
最後の力を振り絞って、皆が戦い抜く。


運命の女神が微笑んだ。

映画のラストで、肌の色の違いを超え、人間同士が繋がり始める姿を観たとき・・・
涙が止まらなかった。

赦しほど、人を変えていく魔法はない。


「I Have a Dream 」

マンデラ氏の願いは
昔、銃弾に倒れたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏が夢見てた思いに重なる。


これは南アフリカ共和国だけの話ではない。

今、ダイバーシティの重要性が問われているが、様々な立場や思想を理解しあい、つながりあっていく・・・

 それが、どれほど私たち人間の歓びにつながっていくのか・・・

  そして、この地球を善き場所へと導いてゆく・・・

それこそが、人間の・・・いや、人類が深い、深いところで望んでいることではなかろうか。

このことを、私はどこかで・・・深いところでは分かっている 分かっていたんだと
インビクタスを通して、私の心をノックした。


そして、
誰の心の中にも、マンデラが体現した「赦しの心」、その種が埋められていることも。

あぁ、ブログ書いているだけで、また涙腺が緩んできた・・・




最後に、マンデラ氏が長い獄中生活の間、心の糧にしていた、ウィリアム・アーネスト・ヘンリー氏の詩を紹介する。

私を覆う漆黒の闇
鉄格子にひそむ奈落の闇
私は あらゆる神に感謝する
我が魂が征服されぬことを

無惨な状況においてさえ
私は ひるみも叫びもしなかった
運命に打ちのめされ 血を流しても
決して屈服しない

激しい怒りと涙の彼方に
恐ろしい死が浮かび上がる
だが 長きにわたる 脅しを受けてなお
私は何ひとつ 恐れはしない

門が いかに狭かろうと
いかなる罰に苦しめられようと
私が我が運命の支配者
私が魂の指揮官


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インセプションの番外な感想(ネタバレほぼなし)

2010年9月3日 金曜日

観たよ。
あまりに友人たちが絶賛するもんだから。

inception
「マトリックスを超えた!」
「あんなに深い映画は観たことがない」

もう、皆が皆、手放しで賞賛してる。
が、アクションシーンが多いって聞いてたので、なかなか腰が上がらなかったんだけどね。




映画館に行くのも久しぶりかな。

大迫力のスクリーンに映し出されるのは、円熟味が増して来たディカプリオ。

ディカプリオ

ディカプリオ



目が離せない展開の果て、どちらとも取れるラストに、ため息が出た。

ひやぁ~、確かに深い。深いのは分かる。

が、その深みが、私にはどうも掴みきれてない感じがして仕方が無かった。
モヤモヤな、消化不良感が消えないまま、自宅に戻った。

ふと気がついて、私の友人のイズンがブログに書いてた、インセプションの考察 を読んでみた。

そうかぁ~ なるほどぉ~
非常に深い考察ぶりに恐れいった。

彼の思考場をお借りしたおかげで、モヤモヤの断片にあったものが統合された。
(この映画を観た人には、非常にオススメな考察です! こちらからどうぞ

なので今回は、本編そのもののではなく、本編以外で感じたことを書いてみる。




インセプション 感想 番外編


1.アクションシーン多すぎ。何とかならないか。

「マトリックス」もそうだけど、人間存在の根源的なことや深層心理を描くのに、なぜ、あんなにアクションシーンが必要なんだろうか・・・

確かにドンパチがあると、ストーリーとして、メリハリが出るのは理解できる。

が、アクション嫌いの私には、苦痛で仕方がない。

インセプションにしても、深層心理からの抵抗を、マシンガンで暗に表現しているは分かる。が、何もあんなに激しく、銃撃しなくてもいいんじゃないか。

ボール投げじゃあダメなのか・・・(迫力に欠けるか(笑))

そうだ、この映画は潜在意識が大きなテーマだ。

で、ただでさえ観る人の潜在意識が開きやすくなってる中で、戦闘シーンが繰り返されるのって・・・
悪影響を及ぼしそうな気がするんだけど・・・そんなこと考えるの、私だけかなぁ。

そうそう、もう一つ。

映画は、最高のプロバガンダという話を聞いたことがある。

その国家の文化や価値観を刷り込む(まさにインセプションね)のに、映画は最高の洗脳マシンだと。

ハリウッド映画はまさにそう!という専門家もいるようだ。

ハリウッド映画は、やたらめったら派手な銃撃戦のシーンが多用される・・・それって何か裏の意図があるんだろうか?と、変に勘ぐってしまう。

プロバガンダかどうかは別として、巨大スクリーンに大音量、そこで得る強烈な感覚って、潜在意識には影響するよね。ちゃっかりと、映画を観た翌日の夢に、インセプションが登場した(笑)

あと観終わった後、無性にお肉が食べたくて仕方がなくなったのは、ただの偶然?(関係ないか)


2 KEN WATANABE is VERY EXCELLENT!

謙さん

謙さん


言わずも知れた日本の名俳優、渡辺謙が準主役として出演している。

まぁ、その存在感がとてもエクセレント。

以前から、ハリウッド映画に日本人俳優が出演することはたびたびあった。

が、それ自体が栄えあることでありすぎたか、いかにも「日本から来た、選ばれし俳優」という雰囲気を醸し出す俳優が多かった。

が、この映画の渡辺謙は違う。

ハリウッドの一俳優として、堂々たる風格がある。場に馴染んでいるというか。

あのスターオーラあふれるディカプリオと対峙しても、全然引けを取らない。

本当に、世界が誇る俳優になったんだなぁ~と感慨深かった。
いつかは日本人初でオスカー獲得するかも。





スクリーンに釘つけになりながら、頭の端っこでこんなこと考えていた私である。

あぁ、今度はDVDでゆっくり鑑賞しようっと!

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死は、生を諦めた結果ではない-私の中のあなた

2010年5月18日 火曜日

※ネタバレ注意報 発令中(笑)

久々にDVDを借りて観た。
昨年ロードショーされた「私の中のあなた」
私の中のあなた [DVD]

主役は、キュートな笑顔が魅力の女優・キャメロン・ディアス。

彼女が出演した15年以上前の出世作「マスク」の頃から観ている私は
あぁ、お母さん役がぴったりくる年齢になったのね~と、感慨深いものがある。

さて、この「私の中のあなた」

この映画は、家族愛もメインテーマになっていて、子供を持つ母親としても考えさせられるところが多かったが、このブログではあえてソコではなく、「死と生」の観点で感じたことを、お伝えしよう。

(また、キャメロン・ディアスに関する記述は、私が感情移入したものであって、
人によっては解釈が違うことも、冒頭でお断りしておく)

ざくっと、簡単にあらすじをお伝えすると。




家族構成は、父・母と男1人、女2人の合計5人。
姉のケイトは、生まれてからずっと病気を抱えていた。


母親であるキャメロン・ディアスは、弁護士というキャリアを捨てて、ケイトの治療に専念する。

が、やがて白血病と診断され、しかも腎臓が機能しなくなったケイト。


妹アナからの臓器提供が無ければ、助かる見込みがない。
しかし、それを妹が拒否して、裁判を起こすことになる・・・






当初は5歳まで生存できたら奇跡だと言われていたケイトだが、家族の献身もあり、その年齢を超えて、生き続けることが出来た。

しかし、その成功体験とも言うべきものがそうさせたのか、

ケイトを死なせないこと-それが彼女の絶対使命へと変わってしまったのだ。

自分の全てをケイトに捧げ、彼女の命を守ってきた-

それなのに、ケイトが死んでしまっては・・・
自分がこれまで捧げてきたものは、全てが無になってしまうのだろうか。

少しでも可能性があるなら、決して諦めてはいけない。
自分が諦めてしまえば、ケイトの人生は終わってしまう・・・

そんな執着に似た思いを、私は感じた。

子供に生き続けて欲しいと願う親心もよく分かるのだが、一方で、ケイトはどうなのだろうか?

彼女も生き続けていたかったのか?

実は、彼女は既に「死ぬ」ことを覚悟していたのだ。
それは生きるのが辛いからとか、治療がイヤだからといった 逃避を目的ではなく、心静かに、死を受け入れていたのだ。

だけど、母親は死なせてくれない・・・死を受け入れてくれないことを嘆いていた。
彼女の気持ちも伝わってきて、私の胸は痛んだ。

「死は、生を諦めた結果ではない」

この言葉が、私の中に迫ってきた。

「病気に負けた」という表現は、日常的によく聞くが、本当にそうなのだろうか??

死は、死である。それに対して、私たちは何の言葉も持てない。

が、生きることを諦めた末に訪れる世界ではない。

現代医療を駆使しても治癒できなかったとしても、それは決して
「病気に負けた結果」ではないし、「病魔を克服出来なかった子供」でもない。

生を全て受け入れることは、死も含めて丸ごと受け入れることである。

ケイトは、母親に「死を含めた、彼女の生」を、全て受け入れて欲しかったのではなかろうか。

私も子供を持つ母親なので、彼女のような立場に立たされたら、どうなるか分からない。きっと、こんな風に冷静には思えない。
なりふり構わず、子供を守り抜こうと思うかもしれない。

それでも、この映画の最後に、母親がケイトの死を受け入れたことに、心から安らぎを感じた。

ケイトは知っていたのではなかろうか。
自分の死を嘆くのではなく、受け入れることが、愛する家族のそれからに光をもたらすことを。

「生とは何か?」「死とは何か?」
私にとっては、そんなことを考えるきっかけとなった良い作品だった。

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まさにKING of POP ~マイケル・ジャクソン THIS IS IT ~

2009年11月20日 金曜日

「これ、絶対に観たらいいよ」

今まで、何人の友人に勧められただろうか。
特に彼のファンでもない人たちまで、動員させるパワーがある。

果たしてどんな映画だろうか、自分の目で確かめたくてウズウズした。

マイケル・ジャクソン THIS IS IT
言わずとしれた、マイケルジャクソンのドキュメンタリー映画。

MOVIX京都は平日の朝というのに、8割方の観客が埋まっていた。
(偶然だったが、毎月20日は1000円で鑑賞できる日らしい。ラッキー!)

オープニングは、「Wanna Be Startin’ Somethin」
ごっつい 懐かしいぃ~。たしか、アルバム「スリラー」に収録されてた曲だ。

特にファンではなかったが、当時はよくマイケルのアルバムを聴いていた。
知っている曲が3分の2もあるぞ!

色々と懐かしい思い出に浸りながら、足でビートを踏んでいた
ど肝を抜く舞台装置、体を突き抜けるダンス、ダンス、ダンス・・・

マイケルのセリフさながら、非日常の世界をスクリーンで体験したようだった。
エンドロールも終わり、席をたった。ため息がひとつ。

「すごい、世界観」


彼が持つ仮想世界というか・・・世界観の壮大さに圧倒された。

全世界から集まったメンバーが、マイケルの世界を体現するために、ひとつになる。
全力を尽くす。

20年以上前、マイケルのアルバム「スリラー」は、ケタ違いのセールスを記録した。
洋楽なんて聴かない世代の人たちでも、名前だけは知るほど日本でも知れ渡る存在だった。
スーパースター

まさに、彼にはこの言葉しか似合わない。
しかし・・・他の人とは感じ方が違うかもしれないが。

確かにスーパースターではあるけれど、自分とは「違う」とは感じられなかった。

不遜に聞こえるかもしれないけど、全く手が届かない、雲の上の存在のようには、思えなかった。

なぜそう思うのか、私には分からない。が、

「わたしたちは、ひとつなんだ」

自分の中の可能性を見出したのか・・・
マイケルのこの言葉に、その鍵を握っているのかもしれない。

うーん、また久々にアルバムを聴きたくなった。
最近、聴くのはもっぱらクラシックかヒーリング音楽だったけど、ビートが効いた曲も、たまには必要だな。

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道元禅師に突っ込み?! 映画「禅」(ネタバレ注意)

2009年8月23日 日曜日

鎌倉時代に、曹洞宗を開き禅の教えを説いた、あの偉大なる道元禅師の生涯を描いたこの作品。

DVDが出たので、早速みた。
全体的には、とても良い作品だったと思う。
爽やかな清涼飲料水を飲み干したよう、心が洗われた。

道元禅師役である、歌舞伎俳優の中村勘太郎さんの演技が素晴らしい。
水を打ったかのように静寂な佇まい、そんな境地の道元禅師を、見事に演じ切っていた。
・・・が、素晴らしさと同時に、この作品は突っ込みどころ満載でもあった。

3つほど、ご紹介しよう。(この先は、ネタばれ注意報 発令)

アミーゴの 3つの突っ込み

1.道元禅師が悟りに向かうまでの苦難が、全くスルーされている。

  座禅を組み続ける道元禅師。ハスの花がわーっと広がり(CG)、
  次の場面では、もう悟りの境地に達したようだ。
  「ええっ、こんなに簡単に悟りって開けるの??」
  
  このインスタントな感じって・・・・どうよ


2.内田有紀さんでは無いと思う

  中村勘太郎さんや笹野高史さんのごとく、”和”の顔立ちが並ぶ中で
  目鼻立ちぱっちり、西洋チックの内田有紀は、鎌倉時代に紛れ込んだ
  現代人のよう。
  重要な役どころだし、願わくば、”和”の顔の女優にして欲しかった。


3.演出がしょぼい

  藤原竜也演じる北条時頼が、心を病み、悪霊に刀をふりかざす。
  が、その悪霊の生首は、天井からヒモでぶら下げられたもの。
  学芸会のような演出に、すっかり興ざめ。
  藤原竜也くんは、演技派だけあって、怯える権力者を上手に表現してた
  のだが・・・
  
以上。

「まるで、永平寺のプロモーションビデオ」と評したのは、赤木くん。
ここまで突っ込んでおいて言うのもナンだが、作品自体は二人とも良かったと思ってる。

だが、題材がやはり地味。しかも、専門用語も出てくるので、ある程度は仏教的知識やその世界観を知っておかないと、理解するのが難しい。

そういう意味でも、今の日本でこの作品がヒットするには、まだ早かったんじゃないかな。
題材だけが地味ならば、「おくりびと」のような、大どんでん返しヒットもあったかもしれない。

が、「おくりびと」は普遍的なテーマを扱っているのに対し、「禅」は、”分る人だけが分ればよろしい”的な気概を感じさせる。

ハリウッド映画のように、豪華なフルコースディナーもいいが、時には精進料理もカラダが欲しくなる。
そんな人に、ぜひこの作品をオススメしたい。

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私は感動オンチだったのか? ~名作「マイライフ」~

2009年8月6日 木曜日

20代前半、肌はもちろん、ツヤツヤした黒髪の女性が目の前にいた。
あまり感情の起伏がみられず、どこかウツロで、ポカンとしている。

「えーーっ、おいおい、コノ人、大丈夫かよぉ」
そう、彼女の肩に手をかけた。

で、この人は誰だって??

マイケル・キートン&ニコール・キッドマン主演
1993年に公開された 名作「マイ・ライフ」
マイ・ライフ [DVD]

実はこの映画、「具体的に、どの部分が」とはまだ言えないが、今後やっていく予定の事業ともやや関係がある。

参考もかねて、つい先日、DVDで鑑賞した。
マイケル・キートン扮する夫と、ニコール・キッドマン扮する妻。
夫が、妻のお腹にいる赤ちゃんにメッセージを託そうと、ビデオカメラに向けて、語りかけていく姿を描いている。
この夫はガンに侵されていて、余命いくばくもない状態であった。

それが映画を貫く、太い縦糸だとすると、そこに夫婦の絆の修復や、断絶していた両親との和解という横糸が、絶妙に絡められている。

また、彼を治療するサイキックヒーラーのやりとりも、映画に異彩を放っていた。

観る前から、号泣を予想していた。が、実際には、涙は柔らかく頬を伝った。
しかし、他の映画と違ったのは、後から後からも、ボディブローのように響いてきたことだ。
この映画が陰に陽に発していた死生観や癒しは、心を離さない。


「こんなに素晴らしい映画だったなんて!
 なぜ、私は感動しなかったのか・・・・」


実は、この映画を観たのは2回目である。
93年の公開当時、映画館で既に観ていたのだ。

いや、観たという記憶は確かにあるけど、ストーリーも殆ど覚えてないし、まして、感動した覚えがあまりない。

 「いい話やなぁ~。でも、いかにもお涙頂戴って感じやん!」
というのが、当時の感想だったのを思い出した。

「なんでやねん! アンタ、おかしいのとちゃう!? 感動不感症??」
当時のワタシからみたら、立派なおばちゃんとも言える年齢のワタシ。

オイオイと、コノ人に、肩を揺さぶりたくなった。
そう、冒頭のツヤツヤ黒髪の女性は、93年当時のワタシである。

以前、ブログに書いたとおり、その当時は涙腺が1本も2本も断絶していた。

しかし、この素晴らしい映画にすら、殆ど気持ちが動かないなんて・・
今のワタシからみると、もはや宇宙人のように思えてならない。

が、この妹のことを、しみじみと愛おしく思える。

  色々なことを閉じてたのねぇーーー。辛かったよね.

優しく抱きしめた。

「昔はこうだった」
時折、夫に話す。彼はピンとこないようだ。

彼と知り合ってからのワタシは、すでに号泣路線に変換していたからだ。

ふふふ 人間って変わるのね。

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胃がずっしり重い ~映画「スラムドック$ミリオネア」

2009年5月28日 木曜日

少し時間があったので、久々に映画館に足を運んだ。

今年度のアカデミー賞8部門を獲得した「スラムドック$ミリオネア」
日本でのおなじみ、TV番組「クイズミリオネア」に出場した スラム街出身の
男性が、紆余曲折の末、Winnerになるまでのストーリー。

スピード感あふれるストーリー展開に魅了され、瞬く間にエンドロールが流れた。
エンターテイメントとしても、非常に楽しめる内容だ。

しかし、私は途中で胃が重くなった。
鑑賞後は頭もクラクラして、ランチもあまり味がしなかった。
出来るだけシビアになりすぎないように演出しているのは分かるが、それでも胸に迫ってくる。

主人公の2兄弟と女の子がたどった、あまりに過酷な半生に。
貧困問題、宗教の対立、そして孤児の誘拐、売春。
大人たちのいいように、子供たちが食い物にされる姿は目をそむけたくなる。

自宅でDVD鑑賞していたら、途中で止めていたかもしれない。

が、直視しなければならない。
私が住む星で起こっていることなんだから。

映画では劣悪な環境だけでなく、子供たちのむきだしの”生”も映し出している。
救いようがないラストではなかったので、ほっとした。

最後のシーンは賛否両論だそうだが、「踊るマハラジャ・ムトゥ」好きの私は絶賛するっ
インドが題材なら、こうでなくちゃ!

映画館を後にした。賑やかな京都の街並みを歩いていても、どうしても考え込んでしまう。

子供は最適な学びを得るために、親を選んでくる・・・そんな説もある。
が、生れ落ちる場所によって、どうして、こんなに違うのだろうか。

日本でも貧困が広がっていると、様々なデータで示されているが、インドやその他地域の比ではない。

かつてインドに旅行にいった際、観光客が乗るジープに飛び乗る物乞いの男の子たちに圧倒されたが、彼らも搾取の犠牲になっているのだろうか・・・

地に足をつけて、まずは自分とその周りの人たちが幸せにする
それはとても大切な姿勢だと思う。

ただ、それだけでは何かが欠けている気がしてならない。
自分たちや周りの人だけで、幸せを分かち合っても、本当の意味では幸せになれないんじゃないか。

どこかから沸きあがる思いが、どうしても払拭できないのだ。

では、何から始めたらいいのだろう・・・すぐには答えは見つからないけど
さらに一歩踏み出すきっかけを与えてくれた、そんな映画だった。

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おくりびと オスカー獲得

2009年2月23日 月曜日

まさかと思っていた。
こんなことがあるんだ! すごいっ。

「おくりびと」アカデミー外国語映画賞 受賞

この一報をYAHOOニュースで観たとき、モックンよろしく卒倒しそうになった。
外国語映画賞と名称が変わってから、日本映画がオスカーを獲得するのは、初めてらしい。

 おめでとう!
 嬉しいっ!!





「へぇ~、こんな変わった映画が公開されるんかぁ」

私がこの作品の存在を知ったのは、フリーペーパー紙の最新映画情報欄。
納棺師という職業を通して、人の生死に向き合う・・・そんな紹介がされていた。

もともと、死生観に興味がある私。
「観に行きたいなぁ。でも題材からして、単館でのロードショーかなぁ」
と勝手に決めつけていた。(松竹での配給だと、のちに知った。思い込みは怖い)

当時は、なかなか映画館に足を運べなかったので、DVDが出るまで待とうと思っていた。

次のこの映画についてのニュースを知ったのは、モントリオール映画祭グランプリ受賞。
そして、日本で徐々に観客動員数を伸ばしているということだった。

思わず、我が目を疑ってしまった。
 「えっ、このテーマが受け入れられるなんて!」

ここ最近の日本映画のヒットといえば、TVドラマの映画化やアクションが多かったような気がする。
ましてや、この映画は「生と死」を扱う。一昔前なら、かなりマニア向けの題材ではなかっただろうか。

ご存知のとおり、モックンは十数年前から、「納棺師をテーマとした映画を創りたい」と
構想を温めていたそうだ。しかし、賛同する声は少なかった。

それが2000年代に入り、人々の風向きが変わったのだろうか。
江原さんの考えが受け入れられ、「オーラの泉」はゴールデン枠で放映されるようになった。2007年には、「千の風になって」が年間CDセールス一位に輝いた。

人々の関心が、より精神的なものへの向かう その流れに、この映画が創られたタイミングが見事にマッチしたのだろう。

もし、モックンが発案した頃にすんなり映画化されたら、恐らくだが、国内外にこれほど、旋風を巻き起こすことはなかったんではないだろうか。

また、モックン自身も、俳優として今ほど円熟味を増したものを表現できなかっただろう。

 ジクソパズルのピースが全て出揃った。
 世界中の人々に誇れる 美しい芸術がココにある。


仕事をしていると、どうしても「急いで事を起こす」方に心を奪われてしまう。
だが、全てが醸成されるのをゆったりと待つ その姿勢も大切だと、この素晴らしい映画に学んだ気がする。

本当におめでとう! 

PS おくりびとを違う角度から知るには、このサイトがお役立ちです。
   ほぼ日刊イトイ新聞より
   教えてくれた ツイてるセラピスト まぁちゃん ありがとう!

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日本の「道」を感じさせる ~おくりびと~

2009年2月14日 土曜日

はぁ、リベンジが果たせたぞ。

前々回のブログで書いたが、あえなく門前払いとなった アノ映画を、先日ようやく観にいけた!

MOVIX京都にて。観客は8割埋まっていた。
待ちぼうけをくらったがゆえ、私の期待度は否応なく高まっていた。

今までの経験から言うと、観る前に、過剰に期待を高めてしまうと、その高さゆえに、失望に変わることも多かったのだが。

この映画は、期待を裏切らない作品だった。
何度、ハンカチで目頭を押さえたことか。

欲を言えば、「死生観」について、もう少し踏み込んでほしかった。
そこは物足りない。
が、それを補って余るほどの作品だ。

ストーリーの素晴らしさもさることながら

 とにかく とにかく 「美しい」

モックンが空に向かって、チェロを弾く場面がある。
チェロの哀しい響きと、雪深い山形の情緒あふれる光景とが、見事すぎるほどのハーモニーを織り成していた。

思わず、ituneでサウンドトラックを購入したぞ。

「美しさ」はそれだけではない。
俳優陣の立ち居振る舞いも、ほんと美しい。

前評判が高かった、モックンの納棺の作法は見事だった。
それだけではなく、モックンがチェロを弾く姿も惚れ惚れしたし、余貴美子さんの、しずしずと紅茶を煎れる仕草も美しかった。

あらゆるシーンで、この作品から、日本の「道」を感じられた。

そういえば、モックンが雑誌のインタビューで、こう言っていた。
納棺作法は、マネージャー相手に死ぬほど、練習したと。
確かに作法はスムーズだったが、あの「美」は単に、練習だけの賜物ではない。

 演技 とか なりきる そんな 生半可なものではなく

本当に、納棺師の意識を抱いて、一連の動作を執り行ったのが伝わった。
まさに 役者魂そのもの。
日本の良き「道」の精神。ハリウッドでも伝わるといいなー。


余談になるが、私はモックンがシブガキ隊だったころ、実はファンだった。
デビュー曲で「ナーイ、ナーイ、ナーイ!」とフリフリ歌ってた頃。
彼の名前が入った、鉛筆とか持ってた記憶がある。

時が経ち、シブガキ隊が解散する頃には、ファンではなかったけど、
「このまま、彼はどうなっていくのかな・・・」
自分の青春時代のスターの行く末は、やはり気になっていた。

それが、今じゃあ アイドルバリバリの服を着て、踊っていた頃がウソのように、日本を代表すると言ってもいいほどの、名優さんとなった。

元ファンとしては、嬉しいものだ。

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前売りチケット買ったのに・・・門前払い

2009年2月3日 火曜日

ずーっと観たかった あのムービーっが、我が町の公民館で上映されることになった。
事前に前売りチケットも購入。

ホント、むちゃくちゃ楽しみにしてたので、いまひとつの体調を何とか整えて、会場へ足を運んだ。

出先にちょっとモタモタしたので、会場に到着したのは、開演ギリギリの時間となった。
息を切らせて、ロビーへと向かう。

むむっ、目に飛び込んだのは、人であふれてるロビー。
思った以上に観客が多いなぁ~と歓心していた矢先に、会場スタッフから信じられない言葉を浴びせられた。

「本日は満席で、ご入場できません!!」

私は詰め寄った。

「ええっ、私たちは前売り持ってますよーーー」
「いや、もう満席なので、ご入場できないのです」

ええええええーーーっ、そんなアホな。

一緒に行った パートナーは、怒鳴りそうな勢いで喰らいついた

「どういうことですか!! ダブルブッキングしてたのですか!!」

「いえ、そうではなくて、当日払いの人にご入場いただいたら、会場が満席になってしまったのです。申し訳ありません」


ええええーーーっ。当日払いの人を沢山入れたおかげで、前売りで買った人が入場できないなんてっ。

なんて、お粗末な。

ロビーの人だかりは、どうやら前売り買ったけど、あふれてしまった人達らしい。
皆、一様にチケットを手にしている。

「立ち見もいっぱいなので、ご入場できません。午後の部に回って頂くか、払い戻し致します」

上映会場をチラッと覗くと、東京の満員電車のように、人がぎっしり詰まっている。
眩暈がクラクラと起こり、もうエエわと、チケット代を返してもらった。

セミナー運営している立場から言わせていただくと、こんなん到底ありえない。
私だってそうだったが、映画を楽しみにして、予定も空けておいた。
観客は年配の方も多かったので、体調を整えたりしてお見えになった方もおられただろう。
払い戻せば済む問題では、決してない。


ただ・・・後になって考えると、なぜ、こんな事態が起こってしまった理由を
推測することが出来た。

今回、町の公民館で行われた映画上映会、主催者はプロではないにしろ、長年、色々な街で上映会を行ってきた ボランディアグループだったらしい。

「映画館のない街に、映画をお届けしたい」という趣旨で、活動されているそう。
経験豊富な彼らが、こんなチョンボしてしまったのは・・・

前売りで、どれだけチケットが流通していたのかを把握してなかったのもあるだろうが。
おそらく、ここまで観客が押し寄せたのは、初めてだったんではなかろうか。

たぶん今までの上映会では、前売りの販売数をそんなに厳密に把握できてなくても、当日入場者が多少増えても、立ち見まで出ることは無かったのかもしれない。

が、この映画は先日、アカデミーの外国語映画賞ノミネートが決定した アノ作品である。
上映会を企画して、チケット販売し、上映当日を迎えるまでの間に、アカデミーのノミネートが決定した。

それが追い風となって、前売りチケットが想像以上に流通したのかもしれない。
いつものように、当日チケットを購入する人に気前よく売っているうちに、想像をはるかに超えた前売り購入者が断続的に現れて、気がつけば、会場があふれんばかりになってしまったのではなかろうか。

あくまでも推測であるが、そんなことを考えているうちに、今回の運営者に同情の念が生じ、怒りも収まった。

私たちは慣れていることを、つい「いつものように」に考え、オペレートしてしまうが、イレギュラーなことも起こりうると想定しなくてはいけない。


明日は、山崎さんの大阪講演会がいよいよ開催されるが、その直前にタイムリーな起こったハプニングであった。

それにしても、あ~ぁ。モックンの好演が話題となっているあの映画。
また観れなくなったと思うと、どんどん私の中で期待値が膨らむぅ。
これ以上膨らみすぎないうちに、観ておきたいものだ。

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