もしも命が無限だとしたら・・・

2010年6月9日

昨日のブログで、「もしも命があと一年・・・一週間だったら?」という問いを立ててみたが、
偶然にも、私の友人がブログで、真逆の問いを発していた。

「もしも今の肉体のままで、命が無限だったら、何をするでしょうか?」

彼女の問いは上記そのものではないが、私はこのように解釈し、改めて思索にふけってみた。

命に制限を加えての問いはよく見かける。
が、無制限になったとしたら・・・という問いは、あまり見かけたことがない。

うーん、逆に制限が無くなったら、何をしたいかな~。
この問いに対する、明確な答えは私の中でまた出てきていない。

が、もしこの肉体のままで、不老不死になったとしたら・・・
これは人間の存在を、根本から揺るがすものではなかろうか。


私たち人間は、地球上の生物といってもいいだろうか、命には限りがあるという大前提で生きている。

自分たちの中にある様々な考えや思想を取り外しても、この大前提だけは動かしもない真実とされている。

が、当たり前すぎて、抵抗の余地もなかった、この大前提が無くなってしまったら
ある時を境に、命の制限が無くなってしまったら・・・

そんな人類史上、未曾有の大転換が起こってしまったら、この人間社会はどうなるのだろう??

だって、社会の仕組み、思想の根本背景からして、「人はいつか死ぬ」というものが組み込まれている。そこも、根本的に組み替えていく必要がでるだろう。

また、いつかは死ぬことを前提とした、「よりよく生きるには?」の問いが
「よりよく生き続けるには?」という問いに転換される。

改めて、問う。
「もしも今の肉体のままで(健康状態も良好なまま)、命が無限だったら・・・・」

今、心に思う夢に向かって邁進し、かなりの時間を経て叶う人もいるだろう。

もっとも、独裁者となって、世界征服も出来るかもしれない。

しかし、成し遂げられた先にも、まだ人生が脈々と続いていく・・・となったとき、どうなんだろう??


 人は幸せを感じ続けることが出来るのだろうか?

 人生に飽きることなく、生き続けることが出来るのだろうか?


・・・これも、私には答えがない。思考実験のようなものだから。

ただ、何となく思うことがある。
恐らくエゴを満たし続けるだけでは、幸せを感じながら、膨大な時間を生き続けるのは難しいだろう。

いいかげん、飽きてくるような気がするなぁ。
怠惰になるにもいいけど、それでも時間が有り余る。

そうなると、自分の境地も別の次元にいかなあかん!ということで、悟りとかに自然と向かっていくかもしれないね。

今の私たちの多くは、命の制限を感じたとき、生を輝かそうという動きになる。
逆に、命が無制限になっても、今とは別の形で、生を輝かさざるえないかもしれないなぁ。

とまぁ、とりとめもなく、結論もない話となったが。
いつもとは違う頭が刺激されて、面白い機会となった。

これからも、折をみて、考えてみようかな。

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コメント / トラックバック2件

  1. Ayuki より:

    早速、取り上げてくださってありがとう(^^)

    アミーゴが、私が思っているのと一番近い発想をしてくれました。

    でも、別の友人の全く違う視点も、すごく刺激になりましたね。

    コーチングでも、ソースでも、命に制限を加えての問いはあったけど
    逆は無かったなぁ・・・なんてふと思って、思いついた問いでした。

    命に制限がある問いだと、なんか悲壮感が漂うのがイヤで(笑)
    お金も時間もたっぷりあったら何をする?っていう問いよりも、さらに自由に考えられそうな気がしてね~。

    私の場合は、知的好奇心を満たすことや、身近なヒトと心が通じ合えた!と思える瞬間を積み重ねることや、ユーモアやサプライズを演出して周りの人が楽しんでくれたり、喜んでくれたりすることや、すばらしい対話が出来たりなんかすると、飽きずに過ごせるんじゃないかなぁ、という意見で、今のところ落ち着いております。

    で、よく考えたらそれって、無限の命じゃなくても出来ることなんだよね~。

  2. amigo より:

    うん、こちらこそ、とても味わい深い問いを投げてくれて、ありがとうね。

    制限があるからこそ、パワーが湧いてくるという思考に慣れている?私たちは、逆に、全くの制限が無くなったら、それこそ持て余してしまって・・・

    逃げたくなるかもしれないなぁ。

    よく言うよね。一代で財を築いた後、セミリタイヤで悠々自適に過ごし、お金も時間も自由に持てるようになり、ハッピーエンドで終りかと思いきや

    実は、鬱を発症するケースもよく見られるということを。

    私も含めて、多くの人は無限のモノを扱うのに慣れてないかもしれないけど、逆に言えば、これまでのパラダイムを、丸ごとひっくり返す機会にもなるかもね。

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