私はこれまで、煙草とはほぼ無縁の人生を送っていた。
若気の至りで、ほんの1~2本、試してみたくらいはある。が、全く習慣にならないまま、時は過ぎた。
年々、世間では「禁煙!禁煙!」と喧伝されるようになった。堂々と喫煙できる場所も減り続け、喫煙者にとっては肩身が狭くなってきているのではなかろうか。
私個人の見解としては、煙草はそれぞれの好き勝手でしょ?という、リベラルな姿勢を取っている。
・・・つもりだった。
が、よくよく思い当たると、私も「嫌煙家」になりつつあるかもしれない。
いや、喫煙者の自由も理解したいところだが、そうならざる得ないのだ。今となっては。

あぁ、うめぇ~
かつて煙草は、私の身の回りに存在していた。
実家では、父と兄が煙草を嗜んでいたので、煙がある風景は普通だった。
20年以上前、成人男性の殆どは煙草を吸ってたんじゃなかろうか・・・と思えるほど、喫煙風景は街中に溶け込んでいた。
私が就職した頃(バブル後期ね)は、職場は分煙なんぞ無く、皆が好き勝手に、席で煙草を吸っていた。
飲み会でも当たり前。だから、煙草の煙、匂いには耐性があったというか、さほど気にならなかった。
・・・が、時代が21世紀に近づくにつれ、急速に分煙化が進んでいった。
私が退職する頃には、職場では喫煙ブースが設けられ、席で吸うことは許されなくなった。
そうこうしているうちに、私の周りには、喫煙者がめっきり減った。若い頃は嗜んでいた友人も、いつの間にか辞めている。
現在、私の親族(私の実家、夫の家族)で、煙草をすう人は、もはや誰もいなくなった。おかげで、娘は煙草の存在すら知らない。
また、コーチの友人が多く混ざる、私の交流関係の中では、これまた何故か、煙草を吸う人が少ない。10人中1~2人くらい? もっと少ないかなぁ・・・
煙草の煙をかぐ機会がめっきり減った。
そのせいで、耐性がどうやら無くなってきたみたい。
かつては全く平気だった匂いや煙に、敏感に反応するようになってしまった。。
タクシーに乗車しても、前の乗客が残した匂いにむせてしまう。
ホテルマンに丁寧に接客頂いても、彼の服から匂いが立ち込めるだけで、「あぁ・・・」とゲンナリしてしまう。
喫茶店で、斜め後ろにいるお客さんの副流煙がこちらに流れたとき、思わず「キッ!」と振り返ってしまう。
その形相は・・・
恐らく、嫌煙家そのものであろう。
「あのね、嫌煙家が向ける、喫煙者への視線って、本当に怖いんですよーーー」
かつて、単発でコーチングをした方が、しみじみ言っていたのを思い出す。
(そのかたは、すでに禁煙に成功したんだけど)
確かに、寒いのに外に出て、背中を丸めて喫煙している姿をみると、ちょっと気の毒に思える。
現に、私の周りの数少ない喫煙者はとてもマナーが良い。灰皿持参は当たり前で、同席しても吸わない人を配慮し、ちゃんと席を外して喫煙している。
彼らをみてると、そこまで嫌煙だ!と躍起にならんでもいいかな~とも思えてくる。
そこで、冷静に考えてみた。煙草がなぜ、ここまで嫌われるようになったのか?
煙草の存在自体がイヤという訳ではない。
恐らく、吸わない人にとって苦痛なのは、その「煙」だけである。
慣れてない人間にとっては、あの匂いが、本当に辛いのだ。
個人で楽しんでいる喫煙行為を邪魔したくはないが、そこは勘弁してほしい・・・
うーん、ジレンマ。
煙が出ない煙草って、かつて発売された記憶はあるが、普及している様子はない。
やはり吐き出すことで落ち着くんだろうね。
まぁ、今は健康ブームと相まって、たまたま喫煙が目の敵となっている。
が、私は今後、標的は変わっていくだろうとみている。
もし、煙草増税で大幅値上げになった結果、喫煙者が壊滅的に減ったとしよう。
この流れで行くと、次に狙われるのは・・・
飲酒のような気がするぞ!

かんばーい!
煙草が他人に与える害といっても、副流煙や火の不始末くらい。
が、飲酒の方が実は、やっかいな騒動を巻き起こしている。
酔っ払って絡むのも困りものだが(私、たまに赤木にしてるかな)、大きいところでは、急性アルコール中毒で救急車出動だったり、飲酒運転による事故だったり。
最近、日本人の飲酒量が減っている。この流れでいくと、喫煙と同じく、飲酒も槍玉に上がるのではなかろうか。
うーん、それは困る。
だって、私は目下、減酒中ではあるが、相変わらずお酒は好き。
そういう意味では、立派な利権者だ。
きゃっ~
「酒飲みは、自分をコントロールできてない証拠だ」とか言われるようになったら・・・
いやだなぁ~。
うーむ・・・
嫌煙原理主義者には、なれないなぁ。
同じスネに傷を持つもの同士としてね(笑)










