◯◯さんのことは分からない
「◯◯さんって、こういう人だなぁ。」
その人と出会い、語り合うなかで、人となりを感じ取っていきます。
好みや嫌がること、その人の考え方やクセ、価値観など。
今まで培ってきた自分の人生データベースと照合することで、自分の中で「◯◯さん」像が肉付けされていきます。
同じ人と何度も何度も接すると、もうその人のことは十全に分かった気になりますが。
それでも、やんわりと釘を指すのです。
「私は、◯◯さんのことは分からない。」
例えば、昨日のその人との会話で不愉快な思いが消えないとき。
もしくは、送られてきたメールの内容に少し引っかかったときなど。
頭の中でアレコレ考えあぐねることがあります。
そんな時は、どうでしょう。
今までの記憶をもとに、自分なりの見解を出すのではないでしょうか。
「あの人は、こういう状態に違いない」
「あの人はいつもこうだから、**なのだろう。」
しかし、です。
今、自分の記憶の中にいる「◯◯さん」と、今この時をリアルに生きる「◯◯さん」
両者はイコールでしょうか。
心に浮かぶその人の表情、仕草、声その全てがあまりにリアルだったとしても
以前に撮影した、記憶のスクリーン上でしかないからです。
あの人はこうだ - 自分の見立てに間違いなしとしたいところですが。
そこには真実はないのです。
もし真実を問いたいのであれば、現場に行くしかないでしょう。
つまり、生のご本人と直面するということ。
具体的には同じ場所で直接会う、もしくは、電話で同じ時間に語り合うことです。
これは、メールで済ませるのは得策ではありません。
本人不在だと、ついアレコレ妄想をふくらませてしまうのですが。
これが、瑣末な問題をこじらせる原因ではないでしょうか。
ただし、あなたに対しても同じです。
「あなたって、コレコレだよね~。」
遠隔操作で、つまりメールやSNSのやりとりの中で、あなたのことを断定されることがありますが。
どんなに、人間について造詣が深いと思われる人からであっても、です。
相手の記憶やイメージによるもので、生のあなたではありません。
その人が今ココで発するエネルギー 発する音 直に触れあえる
一期一会のひととき
その人の真実は、リアルにしか存在しないのだ
そう肝に銘じていきたいですね。