フライト
ロバート・ゼメキス監督作品の「フライト」
主役を務めるのは、オスカー俳優のデンゼル・ワシントン。
クールで誠実、そんな印象が強い彼が”どうしようもない男”を好演しています。
「彼は英雄か 犯罪者か」
キャッチコピーからはサスペンスの匂いが漂いますが、本作品はアルコール依存症を真正面から扱ったヒューマンドラマでした。
飛行中のトラブルにより、乗客乗員の命が絶望的だとみられた中で、デンゼル・ワシントン扮するウィトカー機長の卓越した操縦技術により、草原での緊急着陸に成功。
犠牲者も最小限に留めることが出来ました。
一躍、英雄となったウィトカーでしたが、彼には後ろめたい事実が潜んでいました。
検査の結果、彼の体内からアルコールとドラッグが検出されたのです。それが明るみになると、過失致死罪の適用を免れず、懲役刑をくらうのは間違いない状況となりました。
飛行機会社が雇った弁護士がその事実のもみ消しに奔走する中、ウィトカーも一度は自分の意思で断酒することを決意し、自宅にあった酒を全て廃棄するのですが・・・。
私にもアルコール依存症となった知人がいたので理解できるのですが、自分の意思で断てるほど甘くはありません。
ウィトカーも例外ではありませんでした。
さらに、アルコール依存症が壊してゆくのは身体だけではありません。
人生そのものを容赦なく破壊していきます。
ウィトカーもお酒が原因で既に家庭が崩壊し、元妻や息子からも愛想つかされています。
しかも、本来なら大勢の命を救ったにも関わらず、英雄どころか犯罪者として刑務所行きが危ぶまれる始末です。
弁護士が奔走したおかげで、懲役は免れそうな雲行きとなりました。
残るはウィトカーへの尋問がなされる聴聞会、ここで失態が無ければ、英雄のままに逃げ切れそうでした。
ここでアルコールに手を出してしまうことは、全てを失うことを意味していました。
ウィトカーも、そんなことは百も承知です。
それでも魔の手にあえなく屈してしまうのです。
アルコール依存症をあまり知らない人が観ると、ウィトカーの行動は到底理解できないでしょう。
たった1日、しかも人生を決める1日でさえも我慢できないのか。 なんて意思の弱い奴なんだと。
ここは誤解の多いところですが、アルコールを始めとした依存症の問題は、人間の意志力で対処できるものはありません。
依存症の人はすでに、脳も侵されているからです。
絶え間なく要求してくる脳からの指令、人間のはかない意思力なんて吹けばすぐ飛んでしまいます。
今この瞬間、お酒さえ飲めればもうどうなってもいい、そんな精神状態に陥ってしまうのです。
「飲まないと言ったら飲まない。辞められるよ。自力で」
「俺は好きで酒を飲んでいるんだ! 俺が酒を選んだんだ!」
これらウィトカーのセリフは、アルコール依存症の典型的なセリフです。
友人で、アルコール依存症の方々の支援に携わったことがある人が言ってました。
「いわゆる立派な職業で、自分で何でも解決しようとする人ほどタチが悪い。」
自分で人生を切り開いてきた感がある人にとっては、お酒を1滴も辞められない意思の弱さ、情けなさに認めること自体が、何よりもの苦痛を伴うでしょう。
いつでも辞められると現状を否認する限り、アルコールの泥沼から抜け出せません。
結局、入退院を繰り返してしまうと友人は言い切ってました。
「俺は人生ではじめて、自由になった」
ラストで、いみじくも酒を断つことが出来たウィトカーが、解放感を味わいながら語るセリフです。
アルコールの問題から目を背け続けたウィトカー。再生への一歩を踏み出せたのは、アルコールに対して、全面的に白旗をあげたことでした。
依存症の人に限らず誰しも、自分の脆さや弱さを真正面から受け入れるのは、非常に痛みを伴うでしょう。
しかし、その痛みがあるからこそ、人間に対する真の理解と慈愛が育まれるのだと私は思います。