称賛という名の重荷
「この事故に関わった人間は人生が変わる」
2009年1月アメリカにて、155名を乗せた飛行機が離陸直後、全エンジン停止のトラブルに見舞われた事件がありました。
サレンバーガー機長の冷静な判断により、マンハッタン付近のハドソン川に不時着水したのです。乗客・乗組員全員、犠牲者ゼロを成し遂げた快挙に、アメリカはもとより、全世界が絶賛したのでした。
その事件を、トム・ハンクス主演で映画化したのが「ハドソン川の奇跡」です。
映画本編のあとのボーナストラックとして、サレンバーガー機長ご本人や家族のインタビューが収録されていました。
「ともに危機を乗り越えた乗員乗客、救助隊たち、すべての力が成したこと」
「英雄」と呼ばれるたびに、こう繰り返していたサレンバーガー機長。
機長として当たり前のことをしたにも関わらず、英雄視扱いされ、自宅前にはマスコミが張り付いてます。
「普通の生活に戻りたい」
サレンバーガー機長にとって、称賛は代償を伴うものでした。彼の家族だけでなく、1549便のクルーたちも突然世界中から注目され、困惑していたのです。
サレンバーガー機長は、当時を振り返ります。
「急にそれまでとは違う、新しい生き方を迫られた。世界的に有名になることに慣れる必要があったんだ。」
こんなすごい奇跡を成し遂げたんだ!
万能感にひたれる人であったならば、英雄視されることをむしろ快感に覚えるでしょう。
運命は時として、ソレを望まない人間に、称賛を背負わせるのでしょうか。
彼は追い詰められ、ささいなことで妻と言い争いするようになっていきます。
もがく日々のなか、一筋の光が指したのは
与えられてしまった役割の意味を、彼は見出したからでした。
当時はリーマンショック後の金融危機の真っ只中。
暗いニュースに怯えながら、人々は希望となるものを求めていました。
ハドソン川の奇跡が起こったのは、そんなさなかの事です。
事故のあと、世界中から届いた5万通ものメッセージ。その中に、ハドソン川の奇跡に励まされた人たちもたくさんいたのでした。
1個人の彼は、決して英雄ではない
しかし、その事件が生み出した”英雄”は、人々の希望の光であった
その象徴としての役割を、引き受ける覚悟ができたのでしょう。
個人では手におえないほどの称賛を、突然押し寄せられたとき
めっそうもない・・・
謙虚さを隠れ蓑にして、その役割から逃れたくなるのも当然です。
しかし役割は、私たちの預かりしれぬところで決められます。
この世界のなかで 誰かに委ねられるべき 象徴を
気恥ずかしさ、生身のいたたまれなさを超え、受け入れたときに
役割という名のバネが 人間的成長へと脱皮させてくれるのではないでしょうか。