ニュートラルに話を聴くということ
「相手の話をニュートラルに聴くことが大事」
カウンセラーやコーチの指針とされていることばです。
どんな話であっても、自分の価値判断を挟まずに真っ白な気持ちで耳を傾ける、そんな態度でしょうか。
ただ、私もそうでしたが、ニュートラルという意味を履き違えてる場合も往々にしてあります。
どんな話であっても心の平静さを保つという意味ではそうですが、無感覚でいるのとは訳が違うのです。
動揺することなく、受け止めようとするからこそ、聴く側も一時的に価値判断を止めます。
同時に、感覚のドアまで閉めてしまうのではないでしょうか。
それだと、耳を傾けてくれているとは分かっていても、話す側は壁を感じてしまいます。
このような聴く側の姿勢を「壁打ちテニス」と表現した本がありましたが、まさにそんな感じでしょう。
いくら何かを伝えても、聴く側の息づかいが聞こえない・・・。
自分の言った言葉が、オウムのように虚しく返ってくるばかりです。
話を聴いてもらうだけで、気持ちがラクになる - それはそうなのですが。
理解してほしい - 相手が本当に伝えようとすることは、その奥でうごめいています。
哀しみ、やるせなさ、罪悪感、かすかな喜び・・・
言葉の奥にあるエネルギーを感じ取ることではないでしょうか。
もちろん、聴く側にとってもラクなことではありません。
それでも、ドアは開けておく必要があるのではないでしょうか。
話す側、そして聴く側の垣根を超え、こころとこころが 響きあう中で、癒やしが起こると思います。