知ることで、恐怖は和らぐけど・・
神戸市民大学講座で開催された、オーロラ講演会に参加しました。
講演者の中垣哲也さんはオーロラに魅せられて、アラスカなどに通いつめて撮影してきたそうです。
スクリーンに広がる、赤と緑に彩られた荘厳なオーロラに、ウットリが止まらない私でしたが。
ふっと疑問が浮かび上がりました。
「何にも知らないまま、目の前の空に表れたら、私は美しいと思えるだろうか・・・。」
オーロラの美しさは多くの人に知れ渡り、ソレが天体現象であることも分かっています。
しかし、かつての日本人は違いました。
古くは推古天皇の時代に、オーロラとされる記録が残っているそうですが。
「赤気」という名で表記され、不吉で恐ろしい光景とされてました。
日本でも30年前にオーロラが観測され、中垣さんは、それを覚えている方々から話を伺ったことがあるそうですが。
「恐ろしい。観てはいけないもの」
その方々は年配者から、そう言いつけられてきたそうです。
もしも、ですが。
オーロラというものを全く知らない状態で、突然、真っ赤に染めあがる空を観たとしたら・・・
目の前の光景がワケ分からず、私だってアタマが真っ白になるでしょう。
いにしえの人のように、恐ろしい、不吉と思えてもおかしくありません。
はたして、美しいと思える心の余裕を持てるでしょうか・・・
オーロラは美しさとともに、科学的に証明できる天体現象であることも既に知れ渡っています。
情報社会であるがゆえに、体験より先に見知ってしまっている場合も多いのですが。
ただ、これも良し悪しとしか言いようがありません。
オーロラの輝きは、人間には何も害のないことは分かっています。
事前に織り込まれた情報が安全弁となって、幻想的なオーロラの美を心ゆくまで堪能できるのです。
ただ情報という膜がある以上、まっさらな眼で観ることは出来ません。
オーロラに対する認識があるからこそ、観る前からすでに「こんな風に美しい」と、無意識なこころで輪郭を描いてしまうのです。
「何にも知らないまま、目の前の空に表れたら・・・」
再びこの問いに戻りますが、まっさらな眼にはどう映るのでしょうか。
心の底から怯えてしまう・・・そんな可能性もありますが。
全く初めてがゆえの、生々しい美しさが目に飛び込むかもしれませんし。
私には赤と緑に観えるかどうか・・・よくあるオーロラのイメージ通りかどうかも分かりません。
知ることによって、私たちは衝撃からずいぶんと緩和されます。
ただ緩和されることで、体験の生々しさは薄くなるのでしょうね。