ブログはセラピーである
今思い出しても、20代は何かと悩み多き年代でしたね。
「自分の思いを紙に書くだけで、気持ちがスッキリして、さらに心の整理出来るよ。」
その頃私は、いわゆる紙の日記を毎日綴っていました。
身をもって実感する私は、知人のアドバイスにうなづけたのです。
ただし、半分はですが。
心の叫び 憤り 願い 悲しみ 絶望 欲望
人様には言えない思いを ギンガムチェックの日記にぶつけていたのです。
そこに書かれていたのは素顔を通り越して、”真っ裸な自分”。
もし翌日、事故で亡くなるとお告げがあったならば、真っ先に捨て去ったものでしょう。
時は変わって、今も私はこうして日記(ブログ)を書いています。
このブログも自分の思いを綴るものですが。
もちろん真っ裸ではなく、ちゃんと装ってます(笑)
独り言ならともかくです。
誰かに自分の思いを語るとき、やはり、目の前の相手に伝えようと言葉を尽くします。
ブログを書く行為も、基本的に同じです。
頭の中に漂うまとまりのない言葉を束ね、取捨選択しながら、相手に伝わるものに置き換えるプロセスを経ますから。
乱雑でも書きなぐることで、気持ちがスッキリするのは実感していますが。
20代の私は、そこで終わってました。
燃えたぎるほどの 憤り やるせなさがあったとしても
なぜ、そう感じたのか?
その思いは どこから来たのか?
これらを客観視することが無いならば、気持ちの整理までは行き着きません。
ブログを続けてきて初めて、冒頭の知人の言葉が活きてきました。
あの頃と同じく、さまざまな思いが日々去来していますが。
自分の中で濾過したものを、ブログとして外側に出すことは
そのプロセスのなかに、使い捨てるはずの思いを拾いあげ、整える過程を通ります。
◯◯にしびれるほど感動した!
△△が非常に腹が立つ!
感情の発露だけで終わるところを、自分への気づきや成長に還元できるのです。
場合によっては、見て下さる方におすそ分けできるかもしれません。
カウンセリングやコーチングも、誰かに語ることで自分の思いが整理される一面を持ちますが。
たとえ一人でも、見て下さる誰かに書くブログも、セラピーの役割を果たすのではないでしょうか。