とあるコーチの物語~The story of a certain coach

第11話「とあるコーチの物語」

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コーチングセッションでヒロが傾聴をするとき
相手の話を聴くとき、
ヒロは相手の話を聴こうとはしていなかった。

聴こうとするのではなく、ヒロはクライアントの話を聴いていた。

聴こうとするのではなく、聴くとはどういうことだろうか。

ヒロがセッションで傾聴をするとき、
上手にセッションをしようとか、相手によく思ってもらおうとか、
そんな思いはなにもなくなっている。

ただ相手の話に耳を傾けているのだ。

相手の話に耳を傾けていると、
相手にとっての大切な言葉がふいに聴こえてくる。

なにか響いてくる。

そして自然となにを問いかけたらいいのか、
どんな質問を投げかけたらいいのかがわかり、質問をしている。

ヒロは仕事で、クライアントである経営者の話にいつも耳を傾けていた。

話が聴きたいから聴いていた。

そこに作為は何もなかった。

ただ面白いから聴いていたのだ。
身になることがあると感じていたから聴いていた。

相手の話に関心を持って聴いていた。

何人も何人も。

だからいつの間にか傾聴が出来るようになっていた。

ただ相手の話に関心を持ち、
ただ数をたくさん聴いてきただけだった。

この人はどんなことに関心があるのだろう?
どんな人生を生きてきたんだろう?
どんなことが転機だったんだろう?

そんな、人の人生ストーリーが面白くて、
人の話を聴いてきたことで傾聴できるようになっていた。

たくさんの人の話を聴いてきた…と言っても、
聴くときは一対一、一人一人だ。

ただ一人一人の話に関心を持って聴いてきたのだ。

特別なことなんて何もない。
特別なことなんて何もしていない。
ただ目の前の人の話に関心を持って聴いていたのだ。

誰だって自分の話に関心を持って聴いてくれる人がいたら、
嬉しいに決まっている。

特別なことなんて何もしていない。
そしてその特別じゃないことが特別なことなのだろう。

ヒロは人の話を聴くのが好きだったし、
人は自分の話を傾聴してもらうと嬉しいものだ。

だって多くの人は黙ってただ自分の話を聴いてもらう機会はなかなかない。

何か話していても、相手は聞いていそうで聞いていなかったり、
こちらが話している間も実は自分が次に何を話すかを考えていたり、
話していたら遮ってきて、自分の意見を言ってきたりする。

多くのコミュニケーションがそんなものだ。

そんな中、自分の話を黙って関心を持って聴いてくれる人がいる。

そんな体験、普段していそうでしていないものだ。

ヒロはコーチングが楽しかった。
そしてモニターになってくれる人たちも喜んでくれた。

ヒロにとっての楽しい、充足したコーチングライフ。

そんな日々が続いていた。

だがそれとは裏腹に、
ヒロに思いもかけなかった転機が訪れようとしていた。

ヒロは純粋にコーチングが楽しくてやっていた。

企業研修を行う自分の会社のセミナーで、
セミナー終了後モチベーションがなかなか続かないという人たち。

そんな人たちの最高のフォローになるとも思っていた。

ヒロは純粋にコーチングは素晴らしいと思っていたので、
会う人、会う人に「コーチングいいですよ」と言っていた。

ヒロが本気でそう思って話していたので
ヒロの話を聴いた人たちはみな好印象を持ってくれたし、
応援してくれ、モニターになってくれたり、人を紹介してくれる人たちもいた。

そんな中、その日はやって来た。

ヒロは例によって「コーチングをやっているんです」。
「コーチングすごくいいですよ」と会社のある先輩に話した。

そうしたら….思いもかけない答えが返ってきたのだ。

ヒロは先輩から返ってきた言葉に耳を疑った。

「へぇー、人の話を聴くだけで喜んでもらえるのかぁ」
「そんなことで喜んでもらえるなんて、楽でいいねぇ」

笑顔だったヒロの表情は一瞬で曇った。

そして固まった。

返ってきた言葉に含まれる悪意
侮蔑の意図。
言葉の中にある毒。

ヒロは言葉に含まれた毒を感じ取った。

ヒロは相手の目を見た。

相手の笑顔には、そして瞳には、
ヒロのことを馬鹿にし、あざける悪意が潜んでいた。

「そんなことでクライアントの問題が解決するわけないだろう」
「甘ちゃんだな」
「世の中舐めてるのか?」

そんな言葉にならない言葉が聴こえてきた。

ヒロの胸に、みぞおちのあたりに、
熱い炎の塊のようなものが生じ、
自らの内に生じた熱でヒロの胸は火傷しそうなほどだった。

全身の血液が熱を持ち、
からだ中を駆け巡り、全身を熱くさせた。

ヒロは何も言わなかった。
何も言わなかった。

だが….はらわたは煮えくり返っていた。

全身がわなわなした。

何にも知らないくせに!
お前なんかに何がわかるんだ!

こんな怒り、長らく感じたことがなかった。

見てろよ!
絶対….絶対、コーチングで成功して見返してやる。
自分が言ったことを後悔させてやる。

そんな激しい憎悪がヒロの中に渦巻いた。

絶対見返してやる!
絶対後悔させてやる!
オレはこの怒りのことは絶対に忘れない!
こいつ、見てろよ……。

この瞬間、ヒロは深いところで決意をした。


Quest_11: 人の話を「聴こうとする」ときと、「聴いている」ときの違いは何でしょうか? 

まずお伝えしたいことは、「聴こうとする」ときと、「聴いている」ときと、どちらが良い悪い、正しい間違いがあるわけではないということです。ただ、その二つの違いを意識してみてください。

誰かの話を「聴こうとする」ときに、あなたの中に何が起きているでしょうか?

そして、誰かの話を、ただ「聴いている」ときは、 あなたの中に何が起きているでしょうか?

誰かの話を「聴こうとする」ときと、「聴いている」ときとで、あなたの中に起きる違いを意識してみてください。